JOY PARFUM / ジョイパルファン【香水レビュー】

1930年、JEAN PATOU (ジャン・パトゥ) (※) から発売された稀代の名香、JOY (ジョイ)。
世界恐慌の時代、世界に輝きと彩りを取り戻すために「世界一高級な香水」のキャッチコピーで売り出されたそれは、そのコピーに恥じないグラース産ローズ・ド・メとジャスミンをふんだんに用いた贅沢な香りで、シャネルNo.5に続く売り上げを記録したといいます。
30ml のパルファンを創るために、10,600本ものジャスミンと28ダースのバラを用いたというエピソードは、あまりにも有名。
歴史長い名香ですからパルファン、いわゆるオードパルファン版である「オードジョイ」やオードトワレ、そしてコレクターズエディション版などさまざまなバージョンが発売されていますが、今回記事にするのはオリジナルの「ジョイ」パルファンです。手持ちのボトルが一体いつ頃製造されたものなのか、正確な情報はわかりませんが、印字されているロット番号を見るに、発売からそこまで年数の経っていない初期の処方に近い商品であるといってよいでしょう。
※JEAN PATOU は現在LVMHグループに買収され、2020年よりPATOU (パトゥ) と名称を変更することが発表されています

☆☆☆☆☆ フローラルシンフォニー
処方の見直しで「ジョイ」は劣化したといい続けてきたせいで、パトゥ信者から無能だの何だのとさんざん罵られてきた。またいつ処方が見直されるかはわからないが、いつ変わるとも知れないのだから、ジョイがなければ生きていけないという方は買いだめしておいた方がいい。しかしパトゥの工場から本日 (2007年10月) 直送されてきたサンプル版を試してみると、昔のジョイと比べてほとんど遜色がないことに驚く。ジョイを単にフローラルと形容するのは間違いだ。1930年にアンリ・アルメラスが調香した香りの本質は、花ひとつひとつの特徴を具現化するのではなく、花という概念を表現するに至っているのだから。ジョイはローズでもジャスミンでも、それにイランイランでもチュベローズでもない。それは壮大なる甘美な香り。実にみごと。
「『匂いの帝王』が五つ星で評価する 世界香水ガイドⅡ」(ルカ・トゥリン / タニア・サンチェス:著) より引用
私的偏愛度:☆☆☆☆☆
私的オススメ度:☆☆☆☆☆
 
香りを嗅いだ瞬間、意図せずに涙がこぼれてしまった香水はいくつかあります。
例えば資生堂の「ノンブルノワール」がそうですし、以前記事を書いたオリジナルのゲランの「ナエマ」もそう。そして、今回取り上げる「ジョイ」もそのひとつです。
はじめて試した「ジョイ」はコレクターズエディション版、いわゆる復刻版のパルファンで、そちらは黒くて丸みを帯びたボトルに真っ赤なキャップが目印。香った際にはそのあまりの迫力と華やかさに驚いたものです。コレクターズエディションの香りもまた別記事にて詳しく紹介しようと考えていますが、ツンとしたジャスミンが声高に主張する高貴な香り立ちで、けっして気軽には纏えない高級感がありました。自ら「名香です」と叫ぶようなその主張の強さに、はじめは物怖じしたのを覚えています。
その後入手した本パルファムは、そのときの印象を大きく覆す優美なたおやかさがありました。どちらかというと繊細な桃色のローズがメインに優しく優しく香り、そこへジャスミンが控えめな輝きを加えています。押しつけがましいところや自己主張の激しい部分は見当たりません。そのどこまでも優雅でふところの深い上品な様に心揺さぶられ、香った瞬間に涙が溢れてしまったのでした。
世界を揺るがす大恐慌の折、この静かで凛と美しく、それでいて力強く華やかな香りがどれだけ多くの人々の心に希望を灯し、明日への活力を与えたのでしょう。国境を越えて蔓延する未知なるウイルスに怯え、大規模な経済停滞に不安の絶えないこの昨今の状況は、まさにその当時の人々が経験した絶望に近しいのではないでしょうか。幸先明るいとはけっして言えない事態となっていますが、そんな中でも「歓喜」に満ちた香りがそばで日々を彩ってくれることが、わたしにとって大きな励ましとなっています。
これまで試してきた数多くの香水たちの中で、間違いなく群を抜いて美しく、筆舌に尽くしがたい程に素晴らしい香りです。1930年に創られた香りなど古くさく、時代遅れなものに違いないという思い込みはお角違いもいいところ。むしろ、ここまでの香りはもう今後、資金的、そして環境的に鑑みて生み出されることはないでしょう。最後の一滴まで、大切に大切に使い切ろうと思っています。

NAHEMA (1979) / ナエマ パルファン (1979) 【香水レビュー】

2019-09-29
 
ジョイの香りの構成と特徴


なめらかでみずみずしいピンク色のシルクを思わせる香りに始まり、しっとりとしたジャスミンの輝きを得て、あたたかいムスクの中につつみこまれていきます。

香りの構成は下記の通り (Fregranticaの香りを参照しています) 。

 トップ:チュベローズ、イランイラン、ローズ、
アルデヒド、ペアー、グリーンノート
ミドル:ジャスミン、ローズ、オリスルート
ベース:サンダルウッド、ムスク、シベット
 

さて、ルカ・トゥリンを擁護するつもりではありませんが、「ジョイ」は大幅なリフォーミュラを経ているという事実は正しいということだけ明言しておきます。
その仔細は、広山均先生の「名香にみる処方の研究」にて知ることができます。1930年当時の商品と、先生が処方研究をされた2010年の商品とでは、ジャスミンアブソリュートとローズアブソリュートの割合が大きく変化しているというのです (ローズ:ジャスミンの比率が1 : 3.5 から1 : 10に変化している) 。また、フィルメニッヒ社のJasmin 231の使用が顕著に増えているとのことであり、「最近のJOYの構成は以前のものとはかなり違ってきている」と結論づけていらっしゃいます。
わたしが2015年版のパルファンを香ったときに感じた「ジャスミンのツンとした主張の強さ」はあながち間違いではなかったのでしょう。そこから先は各人の好みの話ですから、リフォーミュラ後の香りを「劣化」と言い切ってしまうことはわたしには到底できませんが、わたし自身元の処方の香りの方が個人的に好きであることは事実です。

上記を踏まえた上で、オリジナルの処方に近いと思われる手持ちのパルファンの香りを再度注意深く香ってみます。
冒頭感じられるのは、たおやかな桃色のやわらかいローズの甘さ。そこに洋ナシを思わせるみずみずしいフルーティーな香りが共鳴し、至福のハーモニーを響かせます。奥の方にごくごく控えめなグリーンノートが感じられ、香りに落ち着きと生命力を宿しているようです。どこまでもえぐみのないまろやかなバラの香りは撫子色のシルクを思わせ、そのなめらかな肌触りにうっとりとしてしまいます。イランイランとチュベローズのクリーミーなまろみが、そのとろけるような質感を生み出しているのでしょう。
やがて、じんわりと光輝くジャスミンアブソリュートの煌めきが感じられるようになれば、それはミドルノート突入のサイン。桃色の春風の中に降り注ぐ銀色の雨粒のように、香り全体をしっとりと濡らし、そして照らしています。紅茶めいた、仄かに渋みのあるローズアブソリュートもここでその香りを遺憾なく発揮し、木陰のような落ち着きを与えているようです。このトップからミドルノートは肌の上で優に6時間ほど持続し、自身の半径10cmほどの範囲に喜びを振りまきます。
やがて香りは、ふんわりとして軽く、それでいて濃密な、まるで肌理細やかなムースを思わせるふくらみの中に内包されていきます。あたたかくこっくりとして、「甘い」わけではないのですがそう形容したくなるようなとろけた質感のそれは、ムスクの香りでしょう。クレジットされているサンダルウッドの香りは、わたしには感じ取ることができません。終わりが来てはじめて、肌の上で可憐に咲き誇っていたそれは、名前のない幻の花であったと知るのです。
特筆すべきは、ここまで贅を尽くした処方でありながら、そこに「押しつけがましい高級感」が一切ないということ。あくまでも腰の低い、控えめとすら言うべく品のよい可憐な香りが続きます。その美しいあり様が、リフォーミュラ後の香りからは消えてしまっていたのが残念です。

「ジョイ」を調香したのは、アンリ・アルメラス氏。ジャン・パトゥで数多くの作品を担当したことでその名を広く知られています。そんな彼の代表作が、まさしく本「ジョイ」であるといってよいでしょう。

ジョイがにあう季節と場所


名香たる名香はときも場所も選ばないというのは常々述べていることですが、「ジョイ」についてもそれは同様で、いつどのような場においてもその美しさを遺憾なく発揮する香水です。強いて季節を選ぶのであれば、やはり花々の咲き乱れる春。この季節、冒頭のフルーティーなローズはいっそうロマンティックに、そしてミドルのジャスミンはいっそうみずみずしく生気に満ちています。けっしてお高くとまったところはなく、普段使いしやすい香りであることも、この香水のすばらしいところです。とはいえ貴重な1本なので、毎日でも使いたい気持ちを抑えて特別なときにのみ用いています。

ジョイの香りの持続時間


本レビューで紹介したパルファンのほか、オードパルファンやオードトワレの発売もありました。
パルファンの場合、香りの持続は6時間強。未開封品であったとはいえ古い香水ですので、香り持ちは発売当時より衰えている可能性があります。
手持ちのボトルは15mlサイズ、非常に貴重な1本ですから、肌ではなく、ムエットにのせてその香りを愉しんでいます。ムエットをデスクの上に置いておけば、数週間はその美しい香りを堪能できます。就寝前に枕のそばに置いておくこともありますが、まさに至福のひとときを味わうことができます。

こんな人にオススメ
 
・「歓喜」に満ちた「香水の最高峰」を体感してみたい方
・本物のローズとジャスミンの香りを存分に堪能したい方

ひと昔前と比較して、1kg あたりのジャスミンアブソリュートやローズアブソリュートの価格は 4-5 倍に跳ね上がっているのだそうです。
まして、グラース産のローズ・ド・メやジャスミンに至ってはさらなる高騰具合でしょう。
現代の環境で当時の処方通りに「ジョイ」を作っても、一般消費者には手の届かない代物になってしまうに違いありません。
思わず涙がこぼれてしまうほどに美しい香水との出会いを今後も心待ちにしつつ、かつて時代を創った名香の余韻をも忘れずにいたいと思っています。