CITRUS ESTER / シトラスエステル【香水レビュー】

2016年、ÆTHER (エーテル) から発売された「シトラスエステル」の香りを紹介致します。
本題に入る前に、エーテルというメゾンについて少しだけ捕捉しておきましょう。
「エーテル」とは、オーナーである二コラ・シャボが2016年に立ち上げたブランド。彼は、ナポレオンの血を引くプリンス・ミュラが生んだクラシカルメゾン、 LE GALION (ル・ガリオン) を2014年に蘇らせたその手腕で広く知られています。彼は当時クリスチャン・ディオールのラボラトリーに勤めていましたが、そこでル・ガリオンの処方に出会い、レシピの権利を持つ創業者の孫にブランドの復刻の許可を得て、見事復活を成し遂げたのでした。
そして二コラが次なるチャレンジとして自身に掲げたのは、「オーガニック・ナチュラル」一辺倒のブームに一石を投じることであったといいます。
「天然のものは身体にいい」という主張は一般的ですが、事実は必ずしもそうではありません。天然の成分はけっして人の役に立つために生まれたわけではありませんから、中には有害なものもあります。では有害な部分のみ取り除けはいいではないか、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、複雑ゆえに成分の分析、そして単離がむずかしいのが天然成分の特徴なのです。未知の成分はもちろん単離することなどできません。ひとくちに「桜の香り成分」「薔薇の香り成分」といっても、そこに含まれる香り成分は数百種類に上ります。そしてわれわれはまだ、そのすべてを同定・解明できてはいません。場合によっては、人が人のために創り、そしてその構造や反応性が100%判明している合成香料の方が安全だといえるのです。
さて、脱線しましたが、「合成香料」の美しさや安全性に着目した二コラが作り上げた「エーテル」の商品は、すべて合成香料のみで調合されているのが特徴です。それはつまり、天然香料は一切含まないということ。なんとも時代に即した、そして個性的な試みであると言えるでしょう。

私的偏愛度:☆☆☆☆★
私的オススメ度:☆☆☆☆★
 
はじめてエーテルに興味を持ったのは、香料マニアとしての側面からでした。
通常合成香料は天然香料の「つなぎ」として用いられることが多く、一部の香料を除き主役として大きく主張してくることはそうありません。
例えば「アルデハイドC12」や「イソEスーパー」、「ギャラクソリッド」とはどんな香りだろう?と疑問に思ったとき、わたし自身は単品の香料を持っているので香りを確かめられるわけなのですが、それらの香料は一般的にそう簡単に揃えられるわけではありません。
まだ「ローズ」や「バニラ」等馴染みのある香りであれば、記憶を頼りにそれぞれの香りを同定していく作業も可能ですが、合成香料となるとそうはいきません。したがって、純粋に「合成香料」そのものの香りを知り、学ぶ教材として、エーテルの商品ほど優れたものはないと感じたのでした。
実際、使用されている香料がすべて公表されているのもこのメゾンのよいところで、それは冒頭で述べた「安心感」につながっていると思いますし、手元に香料さえそろえば香りの模倣も試みることが可能です。 
昨今のメジャーブランドの商品も、原材料費が限られているのと、安定的な商品供給を維持するという観点から、比較的安価な合成香料をふんだんに用いているように思えます。
それらを試した上で、合成香料を多分に用いすぎると香りがチープになってしまう、と常々感じていたのですが、その思い込みを払拭してくれた点においても「エーテル」の商品には価値があると思いました。ひとくちに「合成香料」といってもその質はピンキリなのでしょうし、組み合わせによっていくつもの表情を持ち得るのだと感じさせてくれるきっかけとなりました。「合成香料」の可能性を実感できる非常に面白いブランドとして、今後も注目していきたいと思っています。
今回記事を作成するために全商品の香りをひと通り2か月ほど試しました。その中でもっとも気に入った「シトラスエステル」の香りをまずは紹介して参ります。
 
シトラスエステルの香りの構成と特徴


シャープなシトラス・フルーティー調の香りがまろやかに和らぎ、ウッディノートの支えを得て肌の上に長く残ります。

香りの構成は下記の通り (公式の公表を記載しています) 。

 ハーバック、メチルパンプルムース、リュバフラン、
フィラスコン、ステモン、ヴェチヴェリルアセテート、ムスクT、イソEスーパー
 

上の香りの構成をご覧いただくだけでも、このメゾンが他とは一線を画している部分が明瞭にわかるかと思います。
例えばハーバックとはIFFの商品、リュバフランはジボダンの商品です。それぞれ力強いカンファー様のハーバル・ウッディ香と、ルバーブを思わせるシャープなシトラス・フルーティー香が特徴の合成香料。ここまで使用香料をあけっぴろげに公表しているブランドは他にないのではないでしょうか。調香に興味のある方にとってはこの上ない教材であると言った意味が、おわかりになるかと存じます。
さて、肝心の香りですが、「シトラスエステル」はほのかにくすんだシトラス・フルーティー調の香りに始まります。同じくジボダンの商品であるメチルパンプルムースのシャープなグレープフルーツ香と、リュバフランのルバーブに似た赤色の酸味が核となったみずみずしいオープニング。そこへ、イチジクのアコードで頻出するステモンがクリーミーなまろみを加え香りの角を取り除いていくのですが、それが非常に心地よく、肌に馴染むように感じられます。フィラスコンはフィルメニッヒの商品で、バラの香りを構成するフローラル・フルーティー調の香料です。香りに華を添え、よりやわらかい印象へと整えている印象があります。ムスクTは高砂香料の登録商標ですが広く用いられている合成ムスクですので嗅ぎ覚えのある方も多いでしょう。
ベースにはイソEスーパーを主役としたシャープでドライなウッディノートが据えられ、香りの輪郭を保っているようです。
冷静に評価を下すのであれば、やはり天然香料を使用した香水の方が香りに厚みがあり、その表情も豊かであるということは間違いのない事実であると思います。では「シトラスエステル」が貧弱な香りかというとけっしてそうではなく、むしろ合成香料のみでどうやってここまで深く変化に富んだ香り立ちを実現するのだろうと、賞賛にも似た気持ちが込み上げてきます。正直に申し上げるのであれば、わたしは香水には、天然香水のもつ「不確かなゆらぎ」や「うつろい」が必須であると考えています。それがあるからこそ、香りはそれぞれの肌の上で異なる物語を展開するのだと信じているからです。けれど、「エーテル」の商品と出会い、合成香料が工夫次第でここまで多面的な表情を見せるという事実を知れたことは、わたしにとって重要なことでした。そういった意味で、このメゾンの商品とは長く向き合い、学んでいくこととなりそうです。

「シトラスエステル」を調香したのは、アメリ・ブルジョワ氏とアン・ソフィー・べへゲル氏。もはや日本で知られるニッチフレグランスメゾンを語るには欠かせない二人と言っていいでしょう。ほとんどの作品を彼女たちが担当していると言っても過言ではありません。以前記事を書いたオーケストラパルファンの「テ・ダラブッカ」やリキッドイマジネの「ラクリマ」は彼女たちの作品でした。

シトラスエステルがにあう季節と場所


これは合成香料のみで創られたエーテルの商品の強みであると思いますが、季節や環境に影響を受けず、いつでもフラットに楽しめる香りです。
特にこの「シトラスエステル」は、ほんのりクリーミーなフルーティー香という人を選ばない汎用性の高い香りですから、日常使いには最適ではないでしょうか。わたし自身、普段使いに愛用しています。

シトラスエステルの香りの持続時間


オードパルファンのみの展開です。香り持ちは平均程度、拡散性もさして高くありません。
意外にも大胆に纏っても悪目立ちしない香りで、忙しい朝には重宝します。できる限り肌から距離を取って、広くふわりと載せると一日心地よく過ごせます。夜まで香りを持続させたいというときには、アトマイザーを持ち歩いた方がよいでしょう。

こんな人にオススメ
 
・「合成香料の可能性」を探究してみたい方
・クリーミーでカジュアルなフルーティー調の香りをお探しの方

NOSE SHOPや京都ル・シヤ―ジュにて取り扱いのある「エーテル」。第一印象ではさして心惹かれるメゾンではありませんでしたが、じっくりと香りを試す内に合成香料の奥深い世界に魅せられ、より深く紐解きたいと感じるようになりました。わたしと同じように香料そのものにご興味を持たれている方にとっては、非常に興味を惹かれるブランドではないでしょうか。今後もその他試した香りはすべて、ご紹介して参りますのでぜひお楽しみに。