【イベントレポ】香道体験会「香筳 伽羅の香りを聞く会」@東京国立博物館 茶室 転合庵

昨日更新した記事と日時が前後してしまいますが、去る残秋の日、香人madokaさん主催の「香筳 伽羅の香りを聞く会」に参加して参りました。
香水について学ぶうち、日本国内で育まれてきた香り文化、香道にも興味を抱くようになり、本イベントを知って申し込みました。
今回ご参加が叶わなかった方にも場の雰囲気や香の香りが届くよう、レポートしてみたいと思います。

ちなみに、madokaさんご本人がご自身のnoteでプロの解説を交えた素晴らしいレポを公開なさっているので、ぜひ合わせてご覧ください。
わたしが撮影した写真をお渡しさせていただき、一部記事内でご使用くださっています。
本記事はmadokaさんの書かれた知見に富んだレポートには遠く及びませんが、香道初心者であるわたしがはじめて聞香会を体験したその感動が、少しでも伝われば嬉しいです。


今回の聞香会は、今年で6回目の開催とのこと。
今年は、会場でもあった東京国立博物館・特別展示「正倉院の世界展」にてかの名香「蘭奢待」が東京初公開されたのに合わせ、秋の暮れにて開催の運びとなったそうです。

当日23日はあいにくの雨。
普段は足を運ぶことのない、東京国立博物館裏門へと赴くと、美しい着物姿のmadokaさんがお見えになりました。
聞香会の会場は、同博物館庭園内にある、茶室・転合庵
もともとは京都伏見の六地蔵に建てられた数奇屋の一部であったそうです。外観はどなたでも鑑賞できますが、基本的には茶人、もしくは香人の方しか立ち入ることのできない歴史的建造物。このような機会を逃せば、わたしのような素人にはまったく縁のない場所です。

庭園内は、雨に濡れた落葉広葉樹がひときわ鮮やか。綺麗に手入れが行き届いており、晴れた日に改めてゆっくりと散策したいと思わせてくれる美しさでした。転合庵へと向かう道すがら、madokaさんが雨は聞香向きの天候だと教えてくださりました。
湿気を多く含む空気の中の方が、香りが長くとどまりしっかりと感じられるのだそうです。香水についても同じことがいえますね。

お話を伺っていると、あっという間に転合庵へ到着。
雨に濡れた色とりどりの落葉に彩られた、こじんまりとして風情のある美しい建物です。

さっそく靴を脱いで中へお邪魔します。
玄関を上がったところに4畳ほどの空間があり、その奥に、今回の聞香会の会場である四畳半の和室がありました。
玄関の右手側にも扉があり、その奥にも通路と小部屋があるようでしたが、そちらはmadokaさんが当日のご準備に用いられていらっしゃるようでした。

茶室の中には心落ち着く畳の香りが満ちており、木組みの天井に雨音がぽつぽつと響きます。
はじめての聞香会で緊張していましたが、いい意味で肩肘の張らない心地よい空間に気持ちがほぐれていきました。

madokaさんが、香炉と香道具を手に入室され、いよいよ会のはじまりです。
今回は正式な作法を身に着けるのが目的ではなく、存分に香の香りを愉しむのが目的ということで、正座はせずともよく、リラックスできる姿勢でお過ごしくださいと声をかけてくださいました。末端冷え性で足先が痺れやすいので正座は大の苦手。とてもありがたかったです…。



さて、はじめに全員で御礼をし、さっそく聞香がはじまりました。
ちなみに、なぜ香を「聞く」という表現を用いるのだろうと疑問に思い手持ちの書籍で調べてみたところ、「聞く」という言葉には、ただ「嗅ぐ」のではなく、心を傾けてじっくりと香りを味わうという意味が込められているのだそうです。
シンプルな言葉ではありますが、日本語、そして日本の文化の繊細な美しさが凝縮されているようでうれしくなります。

当日madokaさんがご用意くださった御香は以下の三種類。
貴重な香りを、貴重な空間で愉しませていただける贅沢に感激しました。

・白檀
香水でもおなじみの白檀。香水のクレジットではサンダルウッドと表記されていることが多いですね。
そんな白檀の中でも最高級と言われる、インドのマイソール地方で産出した「老山白檀」をチョイスしてくださったそうです。

・霜衣
沈香※ の一種。ひとくちに沈香といってもさまざまな種類があるそうです。
「霜衣」というのはいわば香木につけられるペンネームのようなもので、正式名称ではないとのことでした。
とても素敵な名前ですよね。

※その名の通り、水に沈む香木。特定の木種にある微生物が繁殖し、長い年月をかけて芳香を放つテルペン類の樹脂を生成します。
樹脂が多ければ多いほど重量を増し、水に沈みやすくなるのでより高品質とされます。
沈みの浅いものは「潜香」として区別されることもあるようです。

・伽羅
沈香の中でも特別な芳香を持ち、最高級と呼ばれているのがこの伽羅です。
甘み・辛み・塩辛さ・苦み・酸味の五味をあわせもつ、「宮人」のごとく妙なる香りが特徴と言われています。


さて、以下素人の目線ではありますが、聞香の手順や様子を記してみようと思います。

手のひらで包み込めるほどの大きさ、生成り色のぽってりとした陶器製の香炉の中には、細かな灰がたっぷりと入れられていました。
その灰の奥に、熱した炭が沈められているのだそうです。
灰山の頂点に、雲母でできた「銀葉」という薄板を載せます。
1.5cm四方ほどの小さくて薄い板の縁を銀が縁取っており、繊細な美しさに感動してしまいました。

銀葉の上に、0.5cm四方ほどの小さな香木片をのせます。
ほどよい火加減になるように、細く尖った針のような道具を用いて中の炭の位置を調整していらっしゃいました。
火加減が強すぎる場合は灰山を高く盛ったり、銀葉をさらに一枚重ねることで香木との距離を取るそうです。
こまやかな調整の方法に驚きました。

香木から香りが立ち上りはじめたら、香炉を順々に回して頂きながら香りをじっくりと味わいました。
香木がすべり落ちないように、香炉を水平にして片方の手のひらの上にしっかりと抱え、もう片方の手で灰山の上をかまくらのように覆い、隙間から息を吸い込みます。
吐く息で香木を飛ばさないように注意しつつ3回深く息を吸い込み、香りを堪能させていただきました。

仏壇用でおなじみの練り線香には、練る際のつなぎが含まれていること、そして直接火を灯して熱するため、燻したような煙たい香りが混ざるという特徴がありますが、聞香では、混ざり気のない香木を間接的にあたためて、そのものの香りを愉しむことができるのが醍醐味。
以下、わたしが感じた三種類の香りの特徴をご参考までに記載します。

白檀のかおり


今回は、ゲームのように香の香りを当てる「組香」方式の聞香ではなく、純粋に香りを愉しむことを主眼に据えた会でしたので、事前に「これは白檀です、霜衣です」という風に名前を教えて頂いた上で各かおりを聞いていきました。

白檀、サンダルウッドの精油は香水でよく用いられるメジャーな香料で、わたし自身も調香用の香料を持っています。
ところが、香木そのものの香りは精油のそれとは異なっていました。
精油の場合はサラリとしたドライなあたたかみと、「ミルキー」ともいえるまろやかな甘みを感じますが、香木の場合はより膨らみのあるエアリーな質感。軽やかで、ほっこりとパウダリックな甘さを感じました。
香りは強くなく、空間にふわふわと溶け込んでいくようなやわらかさがあり、とても癒されます。

「仏壇の香り」と表現される方もいらっしゃいました。
確かに、白檀の練り香はとても馴染み深いのでそのご感想にも納得です。
ただ、やはり練り香と比較して雑味、そして煙たさのない、優しくて甘い木の香りが特徴的だと感じました。

霜衣のかおり


続いて聞いたのは霜衣の香り。
白檀の香りが形なくふわふわと広がるやわらかい質感であったのに対し、霜衣のそれにはパキっとした硬さがあります。
沈香の香りを嗅ぐのははじめてのことでしたが、さすが経年による樹脂の蓄積により芳香を携えてゆくだけあって、深みを感じることができました。
熱した鉄を思わせるメタリックな香り、そして紅茶を彷彿とさせるふくよかな香ばしさが鼻を掠めます。

香木によってここまで香りが異なるものなのか…と、香道の奥深さを垣間見た気持ちでした。
それにしても、霜の衣とは、この季節にぴったりの何とも美しい名前です。
香りはもちろん、お道具や茶室のうつくしさ、香人の佇まいと言葉遣い、そして香木の名前…、どこを切り取っても美しさで満ちています。
わたしのような庶民には敷居が高く、どうしても遠く感じてしまう香道のすばらしさ、その端緒を素人ながら実感できてしあわせなひとときでした。

伽羅のかおり


さて、最後はもっともたのしみにしていた伽羅のかおり。
香水でも、「伽羅の香り」と謳ったものはいくつかありますが、本物の伽羅の香木を用いているものはほとんどありません。
香水市場で入手可能な香料を組み合わせて伽羅の香りを再現している商品が大半であるはずです。
というのも、基本的に香道で用いられる香木というのは、香水用の精油を採取する香木よりも高品質・高価なものなのです。

沈香、すなわち「ウード」を用いた香水は非常によくありますが、香水に用いられる「ウード」の香料は、香道では用いる規格を満たさなかったランクの下がる香木から採取することがほとんど。
しかし、そのランクの香木ですら非常に高価なので、サンダルウッドの精油を混ぜたり、溶剤で希釈したものを「ウードの香料」として用いているというのが実情です。
従って、沈香の中でも最高級の伽羅を、香水を造る用途に用いるというのは現実的にほぼ不可能なはずです。
そんな背景から、本物の伽羅の香りを堪能できるこの機会を待ち遠しく思っていました。

0.5cm四方の伽羅の香木片が香炉であたためられた瞬間、四畳半の茶室中に甘く、深く、そして香ばしい芳香が満ち満ちていきました。
白檀、そして霜衣をあたためた際には起こらなかった現象です。
伽羅の香りとは、こんなにも豊かで濃く空間を満たしていくものなのか…と感動しきりでした。
伽羅も、メーカーや産地によって香りが大きく異なるようですが、今回聞かせていただいたものはまったりと甘く、スパイシーで琥珀色を想起させるなめらかなコクがありました。香りをカプセルに閉じ込めて持って帰りたいと願ってしまうほど、いい香りでした。

アガーウッド / ウード (沈香) の香りとは?

2019-09-21

後座:お茶菓子をいただきながら、香道講座を


各香りを二週ずつ愉しませていただいたのち、後座、すなわち、聞香ののちにお茶菓子を伴っておこなわれる語らいのとき、の時間に移行。
令和天皇の御即位にちなみ、三種の神器をイメージしたというお茶菓子と、ほうじ茶をいただきました。


天叢雲剣にちなみ、雲をイメージしたマスカルポーネチーズのお菓子、八咫鏡のイメージから炒り米が香ばしいお抹茶のおこし、そして八尺瓊勾玉をかたどったサブレ。
見た目にも美しく、心に染み入るおいしさでした。

お菓子を愉しむかたわら、香道の研究家でもあられるmadokaさんから香道に関する興味深いお話を伺うことができました。
「蘭奢待」の歴史とそれにまつわる逸話をはじめ、香道を研究するおもしろさと難しさ、おすすめの学習本等、幅広い知見をお話くださり、非常に勉強になりました。
香道を研究するということは、先ず歴史を研究するということであり、かつ当時の人々の風習や香り文化、その捉え方を理解した上で、感じ方に個人差の大きな「香り」を科学的な視点、そして文化的な視点で考察するということ…なんと難しいことなのだろうと感じました。
研究しがいがありそうです。
貴重なお話を伺えて、非常に学びとなりました。


会の終了後は、蘭奢待をひとめ焼きつけておこう、と「正倉院」展へ。
展示終了間近の週末というタイミングでしたので非常に混雑していましたが、素晴らしい展示でした。鑑賞できてよかったです。

お目当ての蘭奢待の迫力に圧倒されたのはもちろん、他の展示品も見ごたえのあるものばかりでした。
飛鳥・奈良・天平時代の人々の工芸技術の高さ、彩色や装飾のうつくしさに感嘆しきり。
とくに、現代の職人さんたちが総出となって完成したというレプリカの琵琶の精巧なつくりには感動しました。

さて、拙いレポートとなってしまいましたが、ここまでとしたいと思います。
香道に興味のある方にとってすこしでも参考になる記事になっていれば幸いです。